第2回:ビジネス目標から逆算するKPI設定の基本
- マーケティング事業 統括 I
- 3月17日
- 読了時間: 13分
〜どこにゴールを置くか?〜
はじめに
前回(第1回)の記事では、デジタルマーケティング全体の概要や主要な手法、そして成功のために押さえるべきポイントを解説しました。広告・SEO・SNS・MAなど、多彩な施策がある一方で、それらを「ただ実行する」だけでは効果が最大化しないことも強調しました。なぜなら、どんな施策をどのように組み合わせるかは、最終的に達成したい“ビジネス目標”によって大きく変わるからです。
そこで本記事では、ビジネス目標から逆算してKPIを設定する方法を深掘りします。デジタルマーケティングの世界では、「KPIを明確にせず施策を走らせてしまう」という失敗が少なくありません。実際に運用を始めてみたものの、何を基準に成果を測ればいいのか分からず、感覚的に広告費を増減してしまう――こんなケースはよくある話です。本稿が、そんな方々の“迷子”状態を脱却する一助となれば幸いです。
なぜKPIが重要なのか?
ビジネスゴールとマーケティングKPIをどう紐づければいいのか?
具体的な指標の決め方や、副次指標との使い分けは?
事業規模やフェーズ別の設定ポイントは?
これらの疑問に答えつつ、具体例を挙げながら解説していきます。どうぞ最後までお付き合いください。
第1章:KPIとは何か、そしてなぜ重要なのか
1-1. KPIとKGI、ビジネス目標の関係
まず、「KPI」という言葉を正しく整理しましょう。KPI(Key Performance Indicator)とは、「重要業績評価指標」と訳され、ビジネス目標(ゴール)を達成するための途中経過を測る指標のことです。一方で、最終的に達成したいゴールをKGI(Key Goal Indicator)と呼ぶケースもあります。
KGI(Key Goal Indicator):企業が最終的に達成を目指す数値目標。たとえば「年商○○億円」「○○万ユーザーの獲得」「○年後のIPO」などが該当。
KPI(Key Performance Indicator):KGIを達成するうえで重要な行動や成果を測るための指標。たとえば「月間○○リード獲得」「サイト訪問から問い合わせまでのCVR○%」「平均購入単価×購買回数=LTV○円」など、KGIに至るプロセスを数値化するもの。
デジタルマーケティングの施策を考えるときに、KGIを達成するためには何をどれだけやればよいのかを具体的なKPIとして設定するのが極めて重要なのです。
1-2. KPIを設定しないと起こる問題
KPIを明確にせずに施策を走らせると、次のような問題が発生しがちです。
成果の判断が曖昧
広告費を月100万円かけたとして、その出費が高いのか安いのか分からず、次の意思決定ができない。
担当者が“何を重視すべきか”分からず、努力が分散
CTR(クリック率)を上げることばかりに注力していて、本来重視すべきコンバージョンが放置される、など。
経営層とのコミュニケーションが噛み合わない
担当者は「広告のクリック数は増えた」と喜んでも、経営層は「売上に繋がっているか?」と疑問を持つ。
PDCAが回らない
何を改善すればKGIに近づけるかが不明確で、試行錯誤の方向性がブレる。
このように、KPIがないと、施策を評価する基準が定まらないだけでなく、組織内の意思疎通やモチベーション管理にも支障をきたしてしまいます。
第2章:ビジネスゴールを明確にすることから始めよう
KPIを設定するためには、まずビジネスゴールが明確でなければ意味がありません。例えば「ECサイトの売上増」「BtoBリードの獲得拡大」「新商品の認知拡大」など。ここで大切なのは、ビジネス全体として何をいつまでに達成したいのかを明文化することです。
2-1. ビジネスゴールの種類と例
売上目標
年間売上○○億円、EC売上○%増など。
明確に金額や増加率で示すと社内合意がとりやすい。
利益目標
純利益や営業利益率など、収益面をゴールに据える。
ROASやCPAよりもさらに経営視点が強い。
ユーザー獲得・アクティブ率目標
BtoCのサブスクサービスやアプリ事業などで多用。
「月間アクティブユーザー○○万人」「離脱率○%以下」など。
リード獲得数や商談数(BtoB)
「月間○○件のリード獲得」「商談化率○%」など。
成約までのステップが長い分、リード育成が重要になる。
認知度・ブランド指標
新規商品やサービスをローンチする際に「認知率○%」「SNSフォロワー○○人」などを設定。
これらの目標が、会社全体として「なぜ重要なのか」が経営層や関係部門で合意されていることが大前提です。
2-2. SMARTの法則
ビジネス目標を設定する際に、よく使われるのが「SMARTの法則」です。
S(Specific): 具体的であるか
M(Measurable): 測定可能であるか
A(Achievable): 達成可能なレベルか
R(Relevant): 事業や経営戦略にとって妥当か
T(Time-bound): 期限が明確か
たとえば「来年末までにECサイト売上を前年度比120%に伸ばす」という目標は、具体性・測定可能性・期限が明確になっており、達成可能性や経営戦略との関連性が妥当であれば良い目標設定といえます。
2-3. ゴール設定が曖昧な場合の対処法
もし「経営層から明確な売上目標が提示されていない」「今期はとにかく新商品の知名度を高めろと言われている」など、ふわっとした指示しかない場合は、担当者が経営層や事業責任者と早めに対話することが重要です。具体的な数値を共有しないまま走り出すと、後になって「認知度は上がったが、売上が伴っていない」といったすれ違いが起きやすくなります。
ヒアリング例:
「今期の売上目標(または利益目標)はどれくらいか?」
「新商品のどの指標を最も重視しているか?(売上?シェア?リピート率?)」
「何をもって“成功”と判断するのか?」
提案例:
担当者が複数の選択肢(例:売上重視、ユーザー数重視、認知度重視など)を用意し、経営層と協議して決定。
この作業を経て、ビジネスゴールが定まれば、次のステップとしてKPI設計に進みやすくなります。
第3章:KPIの設定手順と具体例
では、ビジネスゴールを踏まえたうえで、具体的にどのようにKPIを設計すれば良いのでしょうか。ここでは手順と事例を示しながら解説します。
3-1. 逆算思考でブレイクダウンする
KPIを考える際、多くの企業が「とりあえず広告のCTRを上げよう」といった“部分的な数値”に注力しがちです。しかし、真っ先にやるべきは、ゴール(KGI)から逆算して必要なアクション数を割り出すことです。
KGI(最終ゴール)を設定
例:ECサイトで年商1億円を達成したい。
売上を構成する要素に分解
例:売上=購入件数 × 平均購入単価 × 購入頻度
購入件数をさらに分解
例:購入件数=サイト訪問数 × カート投入率 × 購入完了率
サイト訪問数の誘導源を分解
例:自然検索、リスティング広告、SNS広告など
各チャネルごとの目標数値を設定
例:リスティング広告で月1,000件の購入を目指すためには、CVR○%ならクリック○件が必要→CTR○%ならインプレッション○件が必要、など。
このように売上→購入件数→トラフィック→チャネル別インプレッションといった形でブレイクダウンすることで、最終ゴールに貢献するKPIを階層的に設計できます。
3-2. 主要KPIと副次KPIの使い分け
主要KPI(Primary KPI)は、「これが達成されていれば、KGIに近づける」という最重要指標であり、原則としてシンプルに1〜2個程度が望ましいです。
例:BtoBリード獲得なら「月間リード件数」。ECなら「月間購入件数」や「売上金額」。
副次KPI(Secondary KPI)は、主要KPIを達成するうえで改善すべき中間指標を指します。
例:リード獲得であれば「ランディングページCVR」「フォーム入力完了率」「MAツールでのスコアリング数」など。
ECサイトの場合、「カート投入率」や「平均購入単価」「リターゲティング広告経由のCVR」など。
副次KPIは、主要KPIが達成できない場合に「どこをどう改善すればいいか」のヒントを与えてくれますが、多すぎると担当者が混乱するため、主要KPIとの関連性が明確なものだけを選ぶよう心がけると良いでしょう。
3-3. BtoBとBtoC(EC)のKPI設定例
ケース1:BtoBのリード獲得
ゴール:月間○○件の商談を創出し、年間売上を前年度比120%に。
主要KPI(例):
月間リード獲得数
リード→商談化率
副次KPI(例):
ランディングページCVR
MAツールでのスコアリング高得点リード数
ホワイトペーパーDL数
ウェビナー参加者数
ケース2:ECサイトの売上拡大
ゴール:年商1億円を達成。
主要KPI(例):
月間購入件数(売上)
1購入あたりの平均購入単価
副次KPI(例):
カート投入率
LPや商品詳細ページのCVR
広告経由のCPA(Cost Per Acquisition)
リターゲティング広告でのコンバージョン数
こうした指標をあらかじめ定義し、施策ごとにどの数字を改善すべきかを明確にすることで、マーケティング施策全体を合理的に最適化できます。
第4章:事業規模やフェーズ別のポイント
KPI設定は、企業の事業規模や成長フェーズによっても変わります。スタートアップのように「短期的に爆発的なユーザー獲得」を目指す場合と、大企業で「安定収益を守りながら新規領域に挑戦する」場合では、最適な指標が違って当然です。
4-1. スタートアップ・新規事業フェーズ
特徴:早期にPMF(Product Market Fit)を達成し、市場からのフィードバックを得たい。
KPI設定例:
「新規ユーザー数」「トライアル申込数」「アクティブユーザー率(継続率)」など。
短期で検証し、合わなければ方向転換(ピボット)も視野に。
注意点:売上や利益より「ユーザーの定着度」や「口コミ拡散力」を重視するケースが多い。
4-2. 中堅企業・安定フェーズ
特徴:既存事業の安定収益を維持しつつ、デジタル施策を強化してさらなる成長を狙う。
KPI設定例:
「既存顧客のLTV」「新規顧客獲得数」「広告投資対効果(ROAS)」など。
複数のチャネルを組み合わせて全体最適を図る必要がある。
注意点:広告予算がある程度潤沢でも、闇雲に投下せず、データドリブンで最適配分を行う。セールス部門やカスタマーサポートとの連携も重要。
4-3. 大企業・多事業フェーズ
特徴:複数の事業部やブランドを抱えており、社内ステークホルダーが多い。
KPI設定例:
事業部ごとの売上やブランド認知度、顧客満足度、経営層向けのダッシュボードなど、マルチな視点が必要。
経営視点での「全社的ROI」「シナジー効果」なども検討。
注意点:事業部間や代理店間での指標に統一感がなかったり、レポーティングが複雑化しやすい。ガバナンスと自由度のバランスをどう取るかが課題。
第5章:KPIモニタリングをどう運用するか
KPIを設定しても、「どのようなサイクルでモニタリングし、どのように改善につなげるか」が曖昧だと、せっかくの指標が活かされません。以下のステップを念頭に置くとスムーズです。
モニタリング頻度の設定
例:広告関連は週次でレポート、ECサイト売上は日次で確認、全社売上は月次でチェック。
レポート・ダッシュボードの作成
BIツールやスプレッドシートを活用し、担当者・経営層向けに違う視点のダッシュボードを用意。
アラート設定
重要KPIが一定以上悪化した場合に通知する仕組みを導入し、早期に対策を取れるようにする。
PDCA会議や改善プロセス
定期的にチームでKPIを振り返り、次の施策やABテストのアイデアを議論。
仮説→実行→検証→考察のサイクルを短く回す。
第6章:よくあるKPI設定の失敗事例
6-1. “数字を追うための数字”になってしまう
CTRやいいね数など、分かりやすい指標ばかりを追求して、本来のゴール(売上やリード獲得)と乖離してしまうケース。担当者は一生懸命CTRを上げても、経営層は「売上に貢献していない」と評価しない――といったミスマッチが起こる。
6-2. 社内KPIとエージェンシーKPIのギャップ
代理店やコンサルファームに運用を任せる場合、代理店側が「広告クリック数」や「CPA」を重視してレポートを出してくる一方、社内では「LTV」や「製品別粗利」を指標にしたいと考えているが合意が取れていない――といった問題がよく見られる。結果として、「代理店のパフォーマンスは良さそうだが、なぜか利益に繋がっていない」という事態に陥ることも。
6-3. 目標のハードル設定が極端すぎる
あまりにも高すぎる目標設定で、チーム全体のモチベーションが下がる、あるいは低すぎてやる気が出ない、というバランスの問題もありがち。SMARTの法則を念頭に、「少し背伸びすれば達成できるレベル」の設定が望ましい。
第7章:KPI設定を成功に導くためのヒント
7-1. 数値目標だけでなく“行動KPI”も重視する
KPIというと売上やコンバージョン数など“結果指標”に偏りがちですが、行動KPI(何回のセールスコール、どれだけのコンテンツ更新、どんなキャンペーンを何回行うか)も設定することで、メンバーが具体的に何をすればいいか迷いにくくなります。結果が出る前の行動量をトラッキングすることで、PDCAを回す速度も上がります。
7-2. 経営層や関係部門との合意を定期的に見直す
KPIは一度設定すれば永遠に使えるものではなく、市場環境や事業フェーズが変わればアップデートが必要です。特にスタートアップや新規事業では、四半期ごとに見直すくらいの頻度がちょうどいいかもしれません。経営層や関連部門と定期的に合意形成の場を持ち、目標設定を調整していく姿勢が大切です。
7-3. 代理店や外部パートナーとの連携方法を明確化
KPI設定において、代理店やコンサルとの連携が絡むケースでは、「社内KPIと代理店のKPIをどうリンクさせるか」を事前にすり合わせるとスムーズです。例としては以下のような形が考えられます。
代理店の主要KPI:CPAやROAS、広告クリック単価の低減など運用面の指標
社内(事業部)の主要KPI:売上、LTV、商談獲得数、利益率など事業全体指標
この両者を繋げるために「新規顧客数のうち広告経由が何%で、そこからのLTVはどれくらいか」など、横断的なデータ連携が必要となるでしょう。
第8章:まとめと次回予告
ここまで、「ビジネス目標から逆算してKPIを設定する」ことの重要性を解説してきました。以下のステップを踏めば、より実効性のあるKPIが設計できるはずです。
ビジネスゴールを明確化:売上、リード獲得、認知度など具体的に数値化
逆算思考でブレイクダウン:売上→サイト訪問→CVR→広告インプレッションなど階層的に分解
主要KPIと副次KPIを区別:シンプルな主要KPIを設定し、問題解決のための指標として副次KPIを活用
事業規模・フェーズに応じた調整:スタートアップか中堅企業かで目標の優先順位や難易度を調整
定期的な見直しと社内外の合意形成:市場変化や施策の進捗に合わせて柔軟にKPIをアップデート
ビジネスゴールが定まり、KPIがしっかり設定されていれば、次に行うべきは「計測基盤の整備」と「実際の数字をどう監視し、改善に繋げるか」です。特にGoogleアナリティクス(GA)を中心としたデータ計測環境は、デジタルマーケティングを回していくうえで欠かせません。
そこで、次回(第3回)は「データ計測環境の整備:GAを中心に最適な計測基盤を構築する」をテーマに、具体的なツール導入やコンバージョン計測の仕組み、注意点などを深掘りしていきます。KPIを定めたうえで、それを支えるデータ分析環境をどのように構築するのか、実務的な視点を交えながらお伝えします。どうぞお楽しみに。
終わりに
本記事では、KPI設定の基本と、ビジネス目標から逆算する意義を中心に解説しました。デジタルマーケティングで成果を上げるためには、「サイト訪問者数を増やす」「広告CTRを上げる」など部分的な数字にこだわる前に、会社として何を目指すのかを明確にしたうえで、そこに繋がるKPIを設計することが不可欠です。
KPIを正しく設定することで、社内外のステークホルダーとの連携がスムーズになり、施策の優先順位や評価基準がクリアになります。逆に言えば、KPIが曖昧なまま施策を進めると、結果が出てもそれが本当にゴールに近づいているのか分からず、リソースを無駄にしてしまうリスクが高まります。
次回からは、実際にKPIを測定・分析するための「計測基盤」の構築、さらにその数値をどのようにモニタリングして可視化し、施策改善に役立てるかという流れへと進んでいきます。継続的なPDCAサイクルが回る環境を整えれば、デジタルマーケティングは企業の強力な成長エンジンとして機能するはずです。
では、第3回「データ計測環境の整備:GAを中心に最適な計測基盤を構築する」でお会いしましょう。
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