第2回:マーケティングの本質と実践アプローチ
- マーケティング事業 統括 I
- 2月10日
- 読了時間: 11分
〜戦略をビジネス成果に繋げる“仕組み”づくり〜
はじめに
前回(第1回)のブログ記事では、「ビジョンを実現するための戦略づくり」をご紹介しました。ビジョンを軸に、内外の環境分析を行い、戦略を描く。そして組織全体がその戦略に沿って行動し、成果検証と柔軟な修正を繰り返すことが、企業成長の原動力になるというお話をさせていただきました。
しかし、どれほど素晴らしい戦略を立てても、「市場」や「顧客」に届かなければ、ビジネスの成果には結びつきません。ここで重要になるのがマーケティングです。マーケティングは「モノやサービスを売るための方法」として理解されがちですが、本質はそれだけではありません。顧客のニーズや価値観を深く理解し、企業が提供する価値を最適な形で届ける“仕組み”を構築することが、現代のマーケティングの要といえます。
本記事では、「戦略をビジネス成果に繋げるためのマーケティングの考え方と実践的アプローチ」を、具体的な事例やフレームワークを交えて解説します。前回の内容を踏まえつつ、より具体的な施策やプロセスに焦点をあてていきましょう。
1. マーケティングの本質:企業価値を顧客へ届ける仕組み
1-1. “売り込む”のではなく“顧客と価値を共創する”
「マーケティング」という言葉は、広告や販促と混同されがちですが、ピーター・ドラッカーの有名な言葉にあるように、マーケティングの理想は「販売を不要にする」ことにあります。すなわち、顧客と企業が互いに求める価値を一致させることで、自然と商品やサービスが選ばれる状態をつくるという考え方です。
例:スターバックス
スターバックスは「コーヒーを売る」のではなく、「サードプレイス(家庭や職場以外の居心地の良い空間)を提供する」という価値を体現しています。その結果、顧客は単にコーヒーそのものだけでなく、スターバックス独自の空間やサービス体験に惹かれて来店します。
1-2. マーケティングの役割:戦略と顧客を“つなぐ”
企業のビジョンや戦略を具体的な顧客接点にまで落とし込み、実際の売上・ブランド価値向上・ファン獲得などにつなげるのがマーケティングの大きな役割です。マーケティングなくしては、
自社の強みや差別化ポイントが正しく顧客に伝わらない
どの顧客を狙うのか曖昧になり、経営資源が散漫になる
顧客が求める価値を満たせず、競合に流れてしまう
という事態に陥りかねません。
2. 市場・顧客を理解するための基本プロセス
2-1. 市場セグメンテーション(Segmentation)
マーケティングでは、「すべての人に売ろう」とするのは非効率的です。そこでまずは市場をいくつかのグループ(セグメント)に分け、それぞれのニーズや特性に合わせてアプローチを変える必要があります。
セグメンテーションの切り口(例)
デモグラフィック(年齢、性別、所得など)
サイコグラフィック(価値観、ライフスタイル、趣味嗜好など)
ジオグラフィック(地域特性、気候、文化背景など)
行動面(購買頻度、利用チャネル、製品ロイヤルティなど)
たとえばアパレル企業の場合、若年層かシニア層かで商品ラインナップやPRメッセージを変えるのはもちろん、オンラインでの購買習慣が強い地域ならEC施策を厚くするなど、セグメントごとに最適化するのが定石です。
2-2. ターゲティング(Targeting)
セグメンテーションで細分化した市場の中から、どのセグメントに経営資源を集中投入するかを決めるフェーズがターゲティングです。
判断基準の例
セグメントの規模や成長性(これから伸びるのか?)
競合状況(大手がすでに押さえていないか?)
自社との親和性(自社の強みを活かせる顧客層か?)
たとえば高級化粧品メーカーであれば、富裕層や美意識の高いアッパーミドル層を中心に狙う戦略が立てられます。このターゲット設定があいまいだと、商品の設計やプロモーションがぼやけ、メッセージが顧客に響きません。
2-3. ポジショニング(Positioning)
最後に、選んだターゲットに対して、自社がどんなポジションを獲得するのかを明確にします。マーケティングの古典的理論であるSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)の流れでは、最終的に「自社が市場のどこで、どのように差別化していくか」を定義するわけです。
例:ダイソンの掃除機
「吸引力」と「デザイン性」で明確な差別化を行い、主にハイエンド層を狙った“プレミアム掃除機”というポジションを確立。高価格帯ながら、ユーザーに「革命的な掃除機」というイメージを浸透させることに成功しました。
3. 現代マーケティングにおける主要アプローチ
3-1. オンラインとオフラインの統合(OMO/O2O)
近年では、オンラインとオフラインを区別して考える時代ではなくなりつつあります。顧客は店舗で商品を見た後にオンラインで購入することもあれば、SNSで見かけたキャンペーンをきっかけに実店舗へ足を運ぶことも珍しくありません。
OMO(Online Merges with Offline)
オンラインとオフラインをシームレスに融合させ、顧客がどちらのチャネルも自然に行き来できる状態をつくる。
具体的には、店舗での購入履歴とECサイトの行動履歴を統合し、顧客ごとに最適な商品提案を行うなど。
例:無印良品やユニクロオンラインショップと実店舗の在庫を一元管理し、オンラインで注文後に店頭受け取りや返品が簡単にできる仕組みを構築。これにより顧客とのタッチポイントを増やし、利便性向上と売上増加を両立している。
3-2. インバウンドマーケティング(コンテンツ・SEO・SNS)
“押し売り型”ではなく、ユーザーが自発的に興味を持って訪問・問い合わせをしてくれる状態をつくるのがインバウンドマーケティングです。
コンテンツマーケティング
顧客に役立つ記事や動画を発信し、企業やブランドへの興味を高める。
例:クラウドサービス企業が「導入事例」や「業界別の成功ノウハウ」をブログやホワイトペーパーで配信。
SEO(検索エンジン最適化)
顧客が抱える課題や疑問で検索された際に、自社のウェブサイトやコンテンツが上位に表示されるよう最適化。
SNS活用
TwitterやInstagram、YouTubeなどを用い、顧客との直接的コミュニケーションを図る。キャンペーン告知やブランドストーリーの共有などにも有効。
3-3. アウトバウンドマーケティング(広告・営業)とのバランス
インバウンドマーケティングが注目される一方で、従来型の広告や営業活動(アウトバウンド)を完全に無視できるわけではありません。特にBtoBの商材や高額商品などでは、直接的な営業アプローチが効果的な場合も多いです。
ABM(Account Based Marketing)特定の大口顧客(アカウント)に対して、営業とマーケティングが共同で施策を立案・実行し、受注や導入拡大を狙う手法。大企業の経営層を狙う場合などに威力を発揮します。
広告運用の高度化デジタル広告の世界では、広告配信プラットフォームが進化し続けています。
リターゲティング広告
アトリビューション分析(顧客がどのチャネルを経由して購入に至ったかの分析)
見込み客(リード)ごとのステージに合わせた広告クリエイティブ最適化
このように、「顧客がまだ自社を知らない段階」にリーチする手段として、的確なアウトバウンド施策を組み込むことが重要です。
4. マーケティングを成果につなげるためのプロセス
4-1. ゴール設定とKPIの明確化
マーケティング施策は多岐にわたるため、目的や指標が曖昧だと組織全体の動きが散漫になります。例えば、以下のように階層ごとにKPIを設定しておくとよいでしょう。
企業ビジョンレベルのゴール
「海外売上比率を5年後に30%まで高める」など、ビジョン・経営戦略の達成を見据えた大目標。
マーケティング全体のKGI(Key Goal Indicator)
「新規リード数を年間○○件獲得」「顧客LTV(生涯価値)を○%改善」など、成果指標を設定。
施策ごとのKPI(Key Performance Indicator)
「Webサイト訪問数」「問い合わせ率」「オンライン広告のCTR」など、各施策を評価するための指標。
4-2. テストと検証:アジャイル・マーケティング
変化の激しいデジタル時代では、マーケティングも「やってみて検証し、素早く修正する」アジャイル型が主流になりつつあります。たとえば、オンライン広告のクリエイティブA/Bテストを週単位で実施し、効果の高い方を選別して予算を集中投入する、などが典型的です。
PDCA/OODAの活用
PDCA(Plan→Do→Check→Act):安定した商材や施策の改善サイクルに適する
OODA(Observe→Orient→Decide→Act):変化が早い市場で、リアルタイムに意思決定を繰り返す際に有効
4-3. 部門連携:マーケティング×営業×ファイナンス×開発
マーケティング成果を最大化するためには、社内の他部門との連携が不可欠です。特にBtoBの現場では、マーケティングと営業が“目標”と“顧客情報”を共有する仕組みが重要になります。
SFA(Sales Force Automation)/CRM(顧客関係管理)ツールの活用
マーケ部門が獲得したリード情報を営業へスムーズに引き渡し、進捗状況を相互に把握する
顧客の購買履歴や問い合わせ履歴を一元管理し、顧客満足度向上に繋げる
ファイナンス部門との連携
コスト管理やROI(投資対効果)の算出に加え、新規事業や新市場進出に必要な予算計画を立案
資金調達が絡むケース(M&Aや大規模投資)では、将来のマーケティング計画も含めて数字を精緻化する
開発部門との連携
「顧客が求める機能」をマーケがフィードバックし、製品・サービスへの反映をスピーディーに行う
カスタマーサクセス(CS)部門なども巻き込み、顧客の声を次のサービス改善に活かす
5. 具体事例:成功したマーケティング施策
5-1. D2C(Direct to Consumer)ブランドの成功例:グロシエ(Glossier)
米国発のビューティーブランド「グロシエ」は、SNSと顧客コミュニティを駆使して急成長したD2C(直販)企業として知られています。創業者のエミリー・ワイス氏は、もともと美容ブログメディアを運営していたため、多くのファンをもとにブランドを立ち上げました。
ポイント
ブランド立ち上げ前からSNSやブログでのコミュニティを醸成
ミレニアル世代・Z世代を意識したシンプルなデザインと手頃な価格帯
オフライン店舗も展開し、オンラインと実店舗を融合させる体験づくり
顧客と双方向のコミュニケーションを重視し、アンバサダーを育てることで新商品のアイデアやフィードバックを素早く反映しているのが特徴です。
5-2. BtoB製造業のデジタルマーケティング成功例
ある中堅の製造業企業(架空の例とします)は、従来は展示会や代理店を通じた営業が中心でした。しかし、業界の競争激化に伴い、オンラインでのリード獲得を強化する必要性を痛感。そこで以下の施策を実施しました。
自社サイトのリニューアル
SEOを意識した製品紹介ページの整備
導入事例や技術解説のホワイトペーパーをダウンロードできる仕組みを導入
MA(マーケティングオートメーション)ツール導入
資料請求・問い合わせした見込み客を段階的にスコアリング
見込み度合いが高いリードを営業に自動連携
オンライン広告とリターゲティング
製品に関連する専門キーワードでリスティング広告を出稿し、興味関心のある顧客を獲得
一度サイトに来訪した人に対し、リターゲティング広告で再度アプローチ
このようにデジタル施策を組み合わせ、営業部門との連携を強化した結果、展示会に頼らずともコンスタントに商談が発生し、新規受注が大幅に増加する効果が得られました。
6. マーケティングを加速させる組織文化とリーダーシップ
マーケティングは一部門だけの施策ではなく、企業全体の方向性や組織文化と深く関わるものです。成功企業を見れば、「顧客起点の発想」を経営層から現場まで共有しているケースが多々あります。
リーダーシップの役割
経営トップが「顧客満足」や「ブランド体験の向上」にコミットする姿勢を明確に示す
必要に応じて組織変更や予算配分を最適化し、マーケ部門が動きやすい環境を整備
失敗を許容する文化
マーケティング施策の多くはトライ&エラーが不可欠
失敗から得られる学習を大切にし、改善を継続する風土が企業の成長を促進
7. まとめと次回予告
7-1. まとめ
マーケティングは「売る仕組み」という狭い定義を超え、ビジョンや戦略を顧客と結びつけ、企業価値を最大化するための包括的な営みです。
市場・顧客理解(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)
オンラインとオフラインの連動、インバウンドとアウトバウンドの最適化
データ活用とアジャイルな検証プロセス
全社的な連携(営業、開発、ファイナンスなど)
こうした要素を、企業のビジョンや戦略とつなげることで、はじめてマーケティングが成果に直結します。
7-2. 次回予告
次回は、マーケティングとあわせて重要となる「収益改善・ファイナンス戦略」について掘り下げる予定です。ビジョンや戦略をマーケティングで形にしていくと、当然ながら売上・利益・投資・資金調達など、ファイナンス領域での意思決定も複雑になっていきます。
どの施策に優先的に予算を投下するべきか
粗利率をどう高め、キャッシュフローを安定させるか
事業ごとの収益構造を分析し、最適な資金配分を行う方法は?
こうした観点を踏まえ、企業価値を高めていくための経営戦略とファイナンス戦略の連動ポイントを、事例を交えながら解説いたします。
執筆後記
本記事ではマーケティングの概念から具体的な施策に至るまで、約5,000字という限られた分量で解説しました。実際の現場では、企業の規模や業界特性、提供する製品・サービスの性質などによって最適なマーケティング手法は変わってきます。重要なのは、
自社のビジョン・戦略と整合するか
顧客が本当に求めている価値を提供できているか
全社的に連携し、効果を測定しながら改善を続けられる体制を整えているか
という点を常に見つめ直すことです。ミックスナッツ社では、戦略からマーケティング、財務改善に至るまで専門家が伴走し、企業ごとの最適解を一緒に導き出すお手伝いをしています。ご興味のある方は、ぜひお気軽にご相談ください。
次回は「収益改善・ファイナンス戦略」にフォーカスします。引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
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