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【第5回_ケーススタディ編】イノベーションと変化対応力:IBMとアドビの再成長物語

  • 執筆者の写真: 戦略コンサルタント N
    戦略コンサルタント N
  • 3月6日
  • 読了時間: 13分

はじめに

前回(第5回)の記事「イノベーションと変化対応力」では、企業がビジョンを超えて新たな未来を切り拓くために必要な要素を解説しました。DX(デジタルトランスフォーメーション)の活用、オープンイノベーションや社内起業の推進、組織文化の改革など、変化をチャンスに変える取り組みが注目される中で、実際にどのような企業が大規模な転換とイノベーションを成功させたのかが気になるところではないでしょうか。

本記事では、有名企業として IBM と アドビ(Adobe) を取り上げ、それぞれがどのように経営の大変革を行い、新たな収益モデルや市場を開拓しつつ、「変化対応力」を身につけてきたのかを解説します。両社は一見すると業界も違いますが、共通するのは「時代の変化を先取りし、自らビジネスを再発明した」という大胆さにあります。前回の内容と照らし合わせながら、企業変革とイノベーションのリアルな成功例を学んでいきましょう。


1. IBMの変革:ハードウェアからソリューション企業への大転換

1-1. IBMの歴史とビジョン

IBM(International Business Machines) は、20世紀初頭から計算機器・情報処理機器を提供し、メインフレームコンピュータなどのハードウェアで一世を風靡した企業です。しかし、1990年代に入りPCの台頭や競合の激化で業績が悪化し、一時は「恐竜のように絶滅寸前」と揶揄されるほどの危機に陥りました。

そんな中で、1993年にCEOに就任したルー・ガーストナー氏が主導したのが、「ハードウェア中心からソリューション企業への脱却」という大転換です。IBMは自社を「ビジネス変革を支える総合サービスプロバイダー」と位置づけ直し、**ビジョンを「世界の顧客をトータルに支援し、ITによる変革を推進するパートナーとなること」**に再定義しました。

1-2. 変革の鍵:サービス・コンサルティング領域へのシフト

ハードウェア依存からの脱却

従来、IBMはメインフレームやサーバーなど大型ハードウェアで圧倒的なシェアを誇っていましたが、利益率が下がり、PCを含むハードビジネスの競争は激しさを増していました。そこでガーストナー氏は、採算性の低いPC部門をレノボ(Lenovo)に売却し、サーバー部門もスリム化。一方で、高付加価値のサービス部門を強化する方針を取りました。

サービス・コンサルティングの強化

IBMはグローバル・サービス部門(IBM Global Services)を中核として、顧客企業のITインフラやビジネスプロセス全体を請け負い、コンサルティング・SI(システムインテグレーション)・アウトソーシングなどを総合的に提供する路線へ移行しました。ハードウェア単品の販売から、「課題解決型の総合サービス」を提供することで、長期的なコンサル契約やアウトソーシング契約を獲得し、安定的かつ高い利益率を確保するようになったのです。

1-3. DX時代への再変革:クラウドとAI

クラウドへのシフト

その後もIT業界は急速にクラウド化が進展し、Amazon Web Services(AWS)やマイクロソフト(Azure)、Google Cloudなどが台頭しました。IBMもIBM Cloudを展開するとともに、既存の大手企業向けハイブリッドクラウド(オンプレミスとの連携型)を主力とし、企業のレガシーシステムをクラウドに移行する支援サービスを強化しました。

AIプラットフォーム:Watson

さらに、IBMはAI(人工知能)を次の成長エンジンと位置づけ、自然言語処理や機械学習技術をコアとするWatsonを開発。医療や金融、カスタマーサービスなど、幅広い業界向けにAIソリューションを提供し、顧客企業の変革をサポートしています。これにより、「IBM=ハードウェア」だったイメージは大きく変化し、「AIやクラウド領域で先進的なサービスを提供する総合IT企業」へと進化し続けています。

1-4. 組織・文化面での変化対応力

IBMの大転換を支えたのが、大企業特有の官僚制を崩し、グローバルな視点で組織を再編成する手法です。各国・各事業部でバラバラだった評価制度やITインフラを統一し、「One IBM」としてお客様に一貫したサービスを提供できる体制を整えました。さらに、研究部門(IBM Research)と事業部が密に連携し、イノベーションの種を実用化へつなぐ仕組みも強化。こうした組織改革が、IBMの長期的な変化対応力を高める大きな要因となっています。


2. アドビ(Adobe)の変革:パッケージソフトからサブスクモデルへの移行

2-1. アドビのビジョンと製品群

アドビ(Adobe) は、PhotoshopやIllustrator、Acrobat、Premiereなど、クリエイティブツールやドキュメント管理ツールでおなじみのソフトウェア企業です。1990年代から2000年代にかけて、パッケージソフトの一括売り切りモデルを主力に展開し、大きなシェアを占めてきました。しかし、海賊版問題やユーザーの買い替えペースの鈍化に悩まされていたほか、競合の無料・低価格ツールの登場によって、従来モデルに限界が見え始めました。

当時のアドビは「クリエイターに価値あるツールを提供し、デジタルコンテンツの未来を創る」というビジョンを掲げながらも、ビジネス面ではライセンス販売に依存する構造が根強かったのです。

2-2. サブスクリプションモデルへの大胆シフト

Creative Cloudの立ち上げ

2012年、アドビは大きな決断を下します。PhotoshopやIllustratorといった主力製品を、パッケージ売り切りではなく「Creative Cloud」としてサブスクリプション型(月額・年額課金)で提供する方式へ移行すると発表したのです。これは既存のパッケージ収益を捨てるリスクを伴うものでしたが、

  • 海賊版対策(最新バージョンを常にオンラインで管理)

  • 継続的なキャッシュフロー(毎月の課金)

  • ユーザーのアップデートしやすさ(常に最新機能を使える)

などのメリットを掲げ、ユーザーとアドビ双方にWin-Winの関係を構築する狙いがありました。

収益モデルの大転換

サブスク移行当初、アドビは一時的に売上や利益が落ち込むことを覚悟していました。なぜなら、買い切り型では大きな売上が一度に計上されますが、サブスク型では売上が月次で薄く伸びていくためです。しかし、中長期的には顧客が継続利用することで、LTV(顧客生涯価値)が向上し、より安定的かつ高い利益を得られることを見込んでいました。実際、移行後数年でアドビの株価は急上昇し、サブスク収入の安定性と拡張性が投資家に高く評価されるようになりました。

2-3. DXとマーケティングクラウドへの拡大

マーケティングオートメーション領域への進出

Creative Cloudで成功を収めたアドビは、さらに「Experience Cloud」として、マーケティングオートメーション(MA)や顧客体験管理(CX)ソリューションへ拡大。企業がオンライン広告やSNS運用、データ分析を一元的に管理できる仕組みを提供し、デジタルマーケティング市場を取り込みました。この動きにより、

  • クリエイター向けツール(Creative Cloud)

  • 企業向けマーケティング/オムニチャネル分析ツール(Experience Cloud)

という二重の収益源を確立し、単なる「クリエイター向けソフト企業」からデジタルトランスフォーメーションを支援するテック企業へと変貌を遂げたのです。

クラウド連携とAIの活用

アドビはクラウド上で顧客のデータを収集・蓄積し、そこからAIを活用した分析や自動化機能を提供する方向にシフトしています。たとえば、「Adobe Sensei」というAIフレームワークを各製品に統合し、画像の自動タグ付けやレイアウト提案などクリエイターの作業効率を高める機能を実装。これによりユーザーは最新技術の恩恵を継続的に受けられ、アドビはサブスクの契約更新率を高めるという好循環を生み出しているわけです。

2-4. 組織文化の変化とリーダーシップ

リスクを恐れない大胆な舵取り

アドビのサブスク移行は当時、社内外で賛否両論を巻き起こしましたが、CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏が中心となってトップダウンで大きく戦略を転換し、経営陣・開発・営業が一体となって実行しました。かつてのパッケージ販売で成功していた組織文化を「常に最新のクラウドと連動し、ユーザー体験をアップデートする文化」へ変えるには大きな葛藤があったものの、結果的にアドビは株価・業績ともに過去最高水準を更新する企業へと復活。

社内コミュニケーションと学習

サブスク移行には、営業部門やサポート部門、開発部門の役割・評価制度が大きく変わるという課題が伴いました。アドビは社内で頻繁にタウンホールミーティングや勉強会を開き、移行の目的や戦略の背景を丁寧に説明し、社員が納得して取り組める環境を整備。さらにOJTやeラーニングを充実させ、「クラウドビジネスとは何か」を全社員が理解し、実務に落とし込めるようにしました。こうしたコミュニケーション努力が、変化対応力を組織に根付かせる原動力となっています。


3. IBMとアドビに共通するポイント

3-1. 自社の主力ビジネスを“壊す”覚悟

  • IBM: ハードウェア売却とサービス・ソリューション強化

  • アドビ: パッケージ販売からサブスクモデルへの大胆転換

両社とも、いったんは大きな収益を得ていた従来ビジネスを、自ら縮小・リストラする覚悟を持って、新たな領域に舵を切りました。これは「イノベーションのジレンマ」の罠を自力で突破した好例と言えます。

3-2. 変化を支える組織改革とリーダーシップ

  • IBM: ガーストナー氏による「One IBM」体制の構築、研究部門と事業部の連携

  • アドビ: CEOナラヤン氏のトップダウンリーダーシップ、社内コミュニケーションと学習を徹底

いずれも、企業文化や組織構造を“変革の方向性”に合わせて再設計し、社員が「なぜ変わるのか」「どこに向かうのか」を理解できるような仕組みを整えています。

3-3. DX・AIなどのテクノロジーを軸に据えた未来志向

  • IBM: クラウド・AI(Watson)を中心に、新たなサービスソリューションを確立

  • アドビ: Creative Cloudに加え、Experience CloudやAIフレームワークの統合でDX支援を拡大

両社ともに、既存技術に固執せず、最新技術や市場トレンドを積極的に取り込み、ビジョンをアップデートしている点が、イノベーションと変化対応力を高めるエンジンとなっています。


4. 第5回の内容との対比・応用

前回(第5回)で取り上げた「イノベーションと変化対応力」のポイントを振り返ると、以下のような視点がありました。

  1. DXやオープンイノベーションでビジネスモデルを刷新

  2. アジャイル組織や社内起業制度でイノベーションを促進

  3. 失敗を許容し、学習を奨励する組織文化の醸成

  4. ポートフォリオマネジメントで新旧事業をバランスよく運営

  5. 長期的な視点でKPIや評価指標を再設計

IBMとアドビの事例は、これらを実践する具体的な姿を示しています。

  • IBM: サービス化と研究投資(AI・クラウド)を拡充し、従来のハード中心の体質を抜本的に変革。大企業特有の官僚制を克服するために組織横断的な施策を導入。

  • アドビ: サブスク移行でDXを先取りし、クリエイター支援からマーケティング・企業向けDX支援まで事業ポートフォリオを拡張。リスクを恐れず大胆にビジネスモデルを変え、株価・売上を飛躍的に伸ばす。

両社とも、企業規模が大きく既存の収益源がある中でイノベーションを優先する意思決定を行い、それを組織文化の改革や人材育成とセットで推進したからこそ、継続的な変化対応力を獲得できたのです。


5. ここから学ぶべき実践的ポイント

5-1. 既存ビジネスを自ら破壊・再構築する勇気

IBMやアドビが証明したように、「今の稼ぎ頭を失うかもしれない」という恐れを乗り越え、新たな成長領域へシフトすることが長期的に見れば大きなリターンをもたらします。経営トップやリーダー層が明確なビジョンと論理を示し、組織を説得する姿勢が不可欠です。

5-2. 顧客・市場変化を起点としたイノベーション

  • IBM: 顧客のIT課題を総合的に解決するサービス業態に転換

  • アドビ: クリエイターや企業のデジタル活用ニーズに応じてサブスクとクラウドを導入

いずれも、市場がどこへ向かっているか、顧客は何を求めているかを深く洞察し、その変化に先回りしてビジネスモデルを設計しています。新規事業や技術開発も、顧客視点を起点にすれば成功確率が高まるでしょう。

5-3. 組織力を活かした継続的な変化対応

  • 大企業ならではの研究部門やグローバルネットワークを活用し、技術と事業を連携させる(IBM)

  • 自社製品のクラウド化や周辺領域へのM&A、コミュニケーション強化で抵抗を乗り越える(アドビ)

こうした大規模な変革を進めるには、“組織が自律的に動き、学べる構造”を作ることが重要です。トップダウンだけでなく、ミドル層・現場が自発的に提案・実行できる環境があれば、イノベーションも加速度的に進みます。

5-4. テクノロジーを軸に、ビジョンを再定義し続ける

両社に共通するのは、AIやクラウド、サブスクといったテクノロジートレンドを取り込み、ビジョンを常にアップデートする姿勢です。技術だけでなく、社会や文化の変化にも敏感であり、変化を自社のビジョンにどう組み入れるかを考え続けることが“生き残り”のポイントとなります。


6. まとめ

本記事では、イノベーションと変化対応力という観点から、IBM と アドビ という2社の大規模な変革事例を紹介しました。

  1. IBM: ハードウェア企業からサービス・ソリューション企業へと脱皮し、クラウドやAIの先駆者となる

  2. アドビ: パッケージソフト企業からサブスク&クラウド型モデルに転換し、DX支援企業へと進化

両社とも、既存ビジネスに固執するのではなく、思い切った舵切りを行い、企業規模が大きいにもかかわらず組織文化やビジネスモデルを抜本的に変化させることで、新たな成長ステージを切り拓きました。前回(第5回)で解説した「イノベーションと変化対応力」の具体的な実践例として、まさに最適な事例といえます。


7. 今後の展望とアクションアイテム

7-1. 変化対応力を高めるための問いかけ

  • 自社のコア事業は、今後3〜5年でどのような脅威や機会に直面するか?

  • 顧客が本質的に求める価値は何か? その実現手段は最新技術やサービスモデルでどう変わりうるか?

  • 社内でイノベーションを起こせる仕組み(組織・評価・資金)は整備されているか?

これらの問いを常に意識し、定期的に振り返ることで、自社が「何を捨て、何を強化するべきか」のヒントが得られるでしょう。

7-2. 小さく始めて大きく育てる精神

イノベーションや大改革は、いきなりフルスケールで実行するとリスクが高い場合があります。そこで、

  • 小規模の新規事業コンテストや実験プロジェクトをスタート

  • アジャイル開発で検証を繰り返しながら、成功パターンを見極める

  • 必要に応じてM&Aやオープンイノベーションでスピードを上げる

といったステップを踏み、リスクを抑えつつ成果を積み上げることが現実的です。

7-3. ビジョンとテクノロジーを結びつける

IBMとアドビが示したように、明確なビジョン(世界観)があるからこそ、最新テクノロジーを取り込んだビジネスモデルを周囲が理解し、協力しやすくなります。単に「AIが流行っているから導入する」のではなく、自社のビジョンを高めるためにどう活かせるかを考え、社員や顧客に納得感を与えることが大切です。


終わりに

本ケーススタディ編では、イノベーションと変化対応力という視点から IBM と アドビ の華麗なる変身の過程を見てきました。両社の事例が示すのは、どんな大企業でも環境変化の波に飲まれるリスクはあるが、勇気あるリーダーシップと組織改革、そしてビジョンの再定義によって、むしろ大きなチャンスを掴む可能性があるという事実です。

  • 既存ビジネスを自ら壊す覚悟

  • 最新テクノロジーを取り込み、ビジョンをアップデート

  • 組織文化と人材育成の仕組みを変え、全社で変化を歓迎

これらの要素を総合的に実践してこそ、企業はイノベーションを起こし、競争優位を長期的に維持できると言えるでしょう。ぜひ、IBMやアドビの取り組みを自社のステージや業界に置き換えて考え、自分たちなりの“変化対応のシナリオ”を描いてみてください。前回の「イノベーションと変化対応力」の内容と合わせて、企業経営における新たな一歩を踏み出すヒントになれば幸いです。

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